前回は「合気道」でしたが、今回は「気功」です。気功は「気」を知るうえで、非常に重要ではないかと思っています。
もっぱら外で遊んでいた子供時代、その後もサッカー中心の日常生活であいかわらず読書とは無縁でしたが、五木寛之先生の「青春の門」はなぜか読んでいました。
その五木先生と気功師の先生の対談というこの本の内容に興味をもったというのがいきさつです。
目次
見えない世界への旅のはじめに
第一章 気の存在
●気を実感するとき
●西欧人が気功治療を警戒するわけ
●率直な心が気をキャッチする
●初めての「気」はトーストの匂いだった
●気を送るということ
●受け手の反応は十人十色
第二章 気の力
●気は宇宙の無限のエネルギー
●気功家シャーマン説
●奇跡的な治癒を体験する
●気功治療が効く人、効かない人
●自利利他の思想が根底にある
第三章 気と想念
●遠隔治療は本当に効くのか
●多く祈られた人は早く回復する?
●比叡山千日回峰行者の生命力
●行は一心の祈りに支えられている
●不可能を可能にしたイメージの力
●すべての存在をつなぐ気の力
第四章 気と治療
●生きとし生けるものすべてに流れる気
●「いやしろち」と「きがれち」
●東洋医学は生きた人間を観察してきた
●先天の気と後天の気
●気にはキャラクターがある
第五章 気の思想
●東洋人と西洋人の精神と肉体の違い
●西洋人は気にどう反応したか
●日本人はあがると血圧が下がる
●軍隊教育が歩き方を変えた
●日本人の歩き方は縄文のむかしから
●気に目覚めはじめた西洋人
第六章 気と呼吸
●気はエントロピー増大の法則にさからえるのか
●気の交流は信頼関係の上に成り立つ
●呼吸のつなぎ目に置く呼吸法
●お経が長寿の原点
●宇宙の無限のエネルギーを補給する
第七章 気とヨガ
●ヨガの究極の目的は宇宙との一体感
●居職の人たちが健康なわけ
●ヨガの効果は体の固い人に顕著に現れる
●無数の想念と雑念を一つに集中させる
●強くて固いものは折れやすい
●しなやかな心と、しなやかな体を取り戻そう
第八章 気といのち
●何の施術にしないうちに治ってしまったインド人
●小食のすすめ
●人間はどこから来て、どこに兼ねるのか
●人間は天に還るときを知っている
第九章 気の声
●力を抜いてリラックスすることの大切さ
●上虚下実の状態をつくる
●砂漠体験が瞑想に導く
●直感の声に耳をかたむける
●内なる声は人間の原始の力
●一人ひとりみなちがう
あとがきにかえて
見えない世界への旅のはじめに
・『「気」というものの存在について、私はあまり真剣に考えたことがない。いまでもそうである。
しかし、見えないから「気」は存在しないなどと考えたことは一度もなかった。また、科学的に証明されないから「気」はありえないと考えたこともない。
むしろ実験によってその存在が確認されるような「気」なら、それほど興味もおぼえなかっただろうと思う。「気」は見えないから面白いのである。科学的に計測された程度の「気」は、手にとって遊べるオモチャのようなものだ。
家族愛にせよ男女の愛にせよ、「愛」というものも、また、目に見えない世界である。しかし私は「愛」というものが偉大な力を発揮する場合があることを疑わない。もし「愛」の度数や質量を計測することができるとしたら、そんな「愛」に関心はない。「愛」や「憎しみ」は目に見えないが、それをまざまざと感じとることができる。その作用を予想することもできる。私はその存在を信じている。「信」ということもそうだ。信仰の度合いを数字であらわすことはできない。しかし、信仰のために命を賭けた人びとが数多くいることを、私たちは知っている。
私の父は師範学校の教師だったが、また剣道の有段者でもあった。そんな父親のおかげで、私は小学校に入る前から木刀や竹刀をもたされて稽古をつけられた。剣道では「気合い」を重んじる。「気合い」は見えないが、それが存在することは、一度でも試合をしたことのある人間には、はっきりわかるだろう。
「勇気」や「敬意」、そして「敵意」や「圧力」もそうだ。表情や動作にあらわれる場合もあり、反対に隠されている場合もある。しかし私たちは、あきらかにそれを感じて反応する。
知らない街で、はじめての酒場に一歩はいったとき、一瞬、ピリピリするような警戒心や、好奇の目を肌で感じることがある。店内にそのような「気」が電磁波のように流れているのだ。
とはいうものの、「気」や「気功」といったものに対して、世間はながいあいだ怪しげなものを見るような目で対してきた。いまもそうだろう。
社会革命への夢が遠ざかったあと、人びとの夢は人間内部の探求へとむかった。身体革命の夢のなかから、「気」や霊的な世界への関心がたかまっていったように見える。
さらに近代の科学的思考への反省から、「モノ」と「ココロ」のむすびつきが見直されはじめた。そんな時代の風潮のなかで、「気」や「宗教」がにわかにクローズアップされてきたのである。とはいえ、そこにはある一線が引かれていることもまちがいない。
その線のむこうに何かが見えていながら、私たちはなかなか一歩をふみだすことができないでいた。その線をこえた場合には、「向こうの人」あつかいされてしまいかねないからである。
私は「気」を神秘的なものとは考えていない。それと同時に、科学的な立場でそれを証明してほしいとも思わない。
中国では国家的なプロジェクトとして、「気」の科学的解明と応用にとり組んでいるという。なにごとも徹底的にやりとげようとする国だから、いずれ目に見える成果もしめされるはずだ。
しかし、私は「気」は、あくまで感じる世界であると思っている。「愛」の数値を証明されたところで、それにはなんの関心もないのと同じことだ。
「愛」などという甘ったるい言葉を使うのはやめてくれ、と、いう声がきこえるような気がする。しかし私は、「愛」のない「気」の追求や「気功」など、なんの意味もないと思っている。
望月勇さんは、すこぶる寡黙な気功家である。氏の「青年と砂漠」という著書にみじかい文章をよせたことがきっかけで、雑誌の対談をしたり、「気」について語りあうようになった。ぽつりぽつりとこぼれる氏の言葉を拾いあつめて一冊の本ができたことを、奇蹟のように感じている。
望月さんと私とは「気」に対する立場も、考えかたもちがう点が少なくないが、感じることを大切にする姿勢には変わりはない。この一冊から見えない「気」の流れの存在を感じとっていただければ幸いである。』
画像出展:「AI(Perplexity Pro)が作成」
「愛」を「愛情に関係する生理活性物質」として捉えることは、あまり良い方法ではないかもしれませんが、とりあえず調べてみました。
オキシトシン、ドーパミン、セロトニンは特に有名です。
画像出展:「AI(Perplexity Pro)が作成」
こちらの表は、愛情が脳波に与える影響です。
注目は①脳波の同期、②ドーパミン神経が活性化、③オキシトシン、ドーパミン、セロトニンなどの分泌増加。
また、脳波の同期はヒトだけでなく犬でも同様だということです。
画像出展:「AI(Perplexity Pro)が作成」
こちらの表は、気によって影響を受ける生理活性物質です。ここにも、オキシトシン、セロトニン、ドーパミンが出ています。
注)として以下のことが書かれています。『「気」と生理活性物質の直接的な関係については、科学的に完全に解明されているわけではありません。』
気は科学的に解明されてはいませんが、AIはそれを踏まえた上で回答を出しました。
「愛情」と「気」の共通点には同調があり、オキシトシン、セロトニン、ドーパミンの幸せホルモンもこの両者に関係しているということです。
画像出展:「AI(Perplexity Pro)が作成」
「手当」には治療という意味がありますが、文字通り「手を当てる」という意味もあると思います。そこで、これに関しAIに聞いてみると、自然治癒力だけでなく、癒しの効果や心理的サポートなど「手当」という行為は思った以上に意味あるものだと思いました。
五木先生がおっしゃった「私は、「愛」のない「気」の追求や「気功」など、なんの意味もないと思っている。」というご意見はまさに的を得たものであったことが分かりました。
良い施術をするためには、患者さまのことや症状などを知る必要があります。考えてみれば、そのような施術者の行為は「愛」の一種といえるのかもしれません。また、このような患者さまとのやり取りが「気を合わす」ということの第一歩のように思います。
第一章 気の存在
・望月さんはロンドンで気功治療の仕事をされている。
・『私は「気」について素人である。しかし七十年以上生きてきた実績があるので、「生きる」という点ではいささかキャリアがあると思っている。そんな私が、いつのまにか引きこまれて、望月さんのペースに乗せられてしまったのは、これも一つの同調現象だろう。
良い「気」を発散する人と同じ部屋にいるだけで、良い影響をうけるらしい。話がすすむにつれ、次第に気持ちと体のこだわりがほどけていくような実感があった。』(五木)
●気を実感するとき
・いろいろと考える人間より、犬とか猫の方が気功治療は良く効く。(望月)
・ヨーロッパには「気」はないので、中国語の「CHI」とか、サンスクリットの「プラーナ」という言葉を使って説明している。(望月)
●西欧人が気功治療を警戒するわけ
・「気」を信じるヨーロッパの人は、人間のなかに生命エネルギーのようなものがあるのではないかと考えているようである、(望月)
●率直な心が気をキャッチする
・半信半疑や絶対に効かないと思ってきた人でも、本人の気の「通り」が良い場合は劇的に効くこともある。また、深い意識のところで、オープンな寛容な人、素直な人の方が気はよく流れる。(望月)
●初めての「気」はトーストの匂いだった
・最初、少林寺拳法をやっていた。なかでも、整法、体を整えることに興味を持ち、経絡や急所、ツボを勉強した。その後、中国の呼吸法や、インドのヨガに興味をもつようになり、自己流でやるようになった。(望月)
・「気」を認識したのは、ヨガのポーズで体を捻じっていたら、背骨のあたりからパンを焼いたような香ばしい匂いがした。そのうち、ヨガのポーズをすると毎回のように匂いを感じた。さらにトーストの匂いだけでなく、マーマレードやバラのような甘い香りがしてきたり、足の下がむずむずしてきた。もしかしたら、これは「気」なのかもしれないと思った。(望月)
・『整法で肘の痛い人を治していたとき、私が患部に触れる前に、手を近づけていっただけで、痛みが消えましたと言われたことがあるんです。私はまだ何もしていないのに、ふしぎだなあと思っていたんですが。そのとき、テクニック以外の何かプラスアルファの力が働いているなということは、なんとなく感じたんですね。』(望月)
※ヨガの整法:体の歪みを整え、心身のバランスを改善するための様々なポーズや呼吸法を組み合わせた実践。
●気を送るということ
・『ヨガや呼吸法を熱心にやるようになって、いろいろふしぎな感覚を覚えるようになってきたんです。ああ、これが「気」じゃないかと意識すると、気がどんどん集まってくるんです。』(望月)
・『手のひらの中心が、もわっと温かくなるんですね。空気の真綿みたいな感じがするんです。それを相手の気の流れの悪いところに近づけるんです。たいてい、そこは冷たく感じるので、その部分に気を送ってあげるんです。』(望月)
・(「気を送る」とはどういう作業か?)『最初は、意識を集中させて、自分の「気」が相手に流れているものと思ってやっていたんです。けれども、どんどんやっていくうちに、とくべつそう思わなくても、自然に気が出るようになったんです。』(望月)
・(気を送りながら、相手と話をしたりできるのか?)『ええ、でも最初のころはだめでした。集中しなければならないと思っているから、音楽がかかったり、おもてがざわざわすると、うるさくて、イライラしました。それがだんだん変わってきまして、外のいろいろな状況に左右されることなく、気を送れるようになったんです。ちょうど虫歯の痛みを感じながら話したり、勉強したりするのとおなじようなことです。』
・気を送ると相手の体のなかでエネルギーが不足しているところ(気が滞っているところ)に気は集まっていく。また、古い痛みとか、慢性の疾患の場合、エネルギーがよどんで岩のように凝り固まっているため、それを気で散らすと、最初はスーッと冷たい感じがする。(望月)
・『こんなことしても治りっこないと頭から決めつけている人は、無意識に、気がはいってくることをブロックしているので撥ねかえされます。』(望月)
・受け手が気に全幅の信頼をおいていなくても、ニュートラルな気持ち、何かわからないけれど、ともかく受けてみようと素直な気持ちをもっていればあまり問題はない。(望月)
・(気がスムーズに流れているときはどんな感じか?)『いろいろな感覚があって、その部分が反応している場合もあるし、その人の気が足のほうにズッと流れていく感じをキャッチすることもあります。全部ちがいます。十人いたら十人とも反応はちがうので、一概にこうだとはいえないですね。』(望月)
●受け手の反応は十人十色
・(経験されたなかで、どんな反応が多いか?)『人それぞれちがうので、一概にはいえませんが、極端なケースだと、気を入れた途端に手足をバタバタさせて、大暴れしはじめた人がいるんです。女性でしたけれど。』(望月)
・『泣いたり、笑ったりすることで、緊張がゆるみ、古く澱(オリ)のように固まっていたストレスが発散されたのでしょうね。笑うことは、免疫機能を活性化させ、自然治癒力を高めるといわれていますが、私はかねがね、笑うことだけではなく、泣くとことも非常に大切なのだ、泣くことによって、カサカサに乾いてささくれ立った心と体に潤いが与えられ、瑞々しい生命を取り戻せるのだと考えているのですが、気功治療でも、そういう考えなんですね。』(五木)
『ええ、そのとおりです。ロンドンで十五年くらい銀行に勤めている女性がいました。背中が鉛のように重くて、いろいろな薬を飲んでも効かない。マッサージや鍼をしてもだめで私のところに来たんです。その人に気を入れたら、突然、涙をポロポロこぼしはじめたんです。ティッシュペーパーをいっぱい使って、治療中ずっと涙を流して泣いているんです。本人は、勝手に涙が出てくるといっていたので、泣いているという自覚がなかったんでしょう。終わったらまるで痛みがないといっていたので、泣いているという自覚がなかったでしょう。終わったらまるで痛みがないというんですね。』(望月)
『その人は、長年にわたって、鬱々としたものを心に溜めていたんだろうなあ。』(五木)
『ええ、人間関係が複雑で、言いたいことも言わずに、ずっと我慢してきたんだって話していました。』(望月)
・気を入れると、予測のできないような反応が起こる。十人いたら十人とも反応の仕方が違う。一概に、気功だから治る、気の巡りが良くなるとは言わない方がよい。(望月)


